Napの考えること2025(その140)「RECとはなんたるか」
僕が若い時代はレコードが主流でしたから、当時流行していた、セパレートタイプの大きなスピーカーから流れ出る音に、それこそ耳だけでなく体全体で音を受け止めながら聴く、っていう感じでした。
いまの若い方はスマホやパソコンのスピーカー、もしくはイヤホーンで聞く方が多いようですから、僕の言うこの感覚はピンとこない方が多いかもしれませんね。
2001年に日吉で始めた頃の「日吉Nap」では、自作のCDを物販コーナーに並べる方も結構いらっしゃって、アンケートなんかも各自用意して配ることが常でした。
いまはアンケートより直接、SNSでコメントのやり取りができるし、音源も配信の方がコストがかからない分、手軽でしかも、メジャーどころと同じ地平線に立てるところも魅力ですし、そんなこんなでシングルやアルバムとして配信される方が年々増える傾向にあります。
かく言うこの僕も、前回のブログで宣言した通り(苦笑)、新作のレコーディングを始めまして、できた曲から順々に配信曲をアップしています。珍しく有言実行した自分を褒めてあげたい(笑笑)。
久しぶりに宅録も始めたことで、思こともたくさんありました。ライブと録音とのアプローチのあり方や、録音している曲にはどのようなコンセプトで仕上げれば良いか。いつも歌っているNapのステージで奏でる音楽と同じ世界観が良いのか、それともあえて違う世界観を見せられたらおもしろいのかどうか。
そんなことを考察することも、ライブに臨む時とは違いますから、レコーディングならではの、達成感や楽しさがあります。
しかし、レコーディングを始めますと、毎回すぐに大小さまざまな難題や壁にぶち当たります。そんなある日、制作が遅々としてすすまないことに苛立ちを感じたとき、僕はふと、パートナーが骨折(4月)した際に地道にリハビリしていた彼女の姿を思い出しました。
それは、やっとギブスをはずして少しばかり足を動かせるようになった直後から始まったリハビリでした。理学療法士から指導を受けて行われた、そのリハビリは僕から見れば、「そんなちょっとした動きで筋肉が鍛えられる?」というような地味なトレーニングばかりでして、えー、そんなちょっとした動きでもいいのー?、なんてすこし疑問符付きの態度で見守っていました。
ところがところがです。その地道なトレーニングがやがて目に見えて効果を表してきます。「石の上にも三年」という諺もありますが、まさにそのような感じです。わずかではあるけれど確かに着実に効果が現れてきたのです。その時僕は、改めて地道な努力のその偉大さに気づきました。
そのことで、たとえばレコーディングしている際に、ああ今日も、こんだけ時間一日かけてパソコンと向き合い、制作したのに、こんだけしか進まんのかーい??、などと愚痴りそうになっても、いや、地道でいいのだ、ミリ単位でも進めばいい、と、自分を励ませるようになりました!(苦笑)
さて、レコーディングをしていますと、プロアマに限らず、他の人がつくった音楽の聴き方がすこし変わってくるものですね。単にこの曲いいね、だけでなく、その曲のミックスバランスやアレンジについても関心が向くようになります。
また、ギターやピアノ、ベースのフレーズやコード進行のみならず、リズム隊のアプローチやテンポ感など。その曲を構成している中で何が一番大きく貢献しているのか。それらがみえてきそうになります。
これまで何気なく聴いていた好きな曲なんかも、レコーディングを始めると、聴き方が変わってきます。それは普段の曲作りとは違う脳を使うからなのでしょう。
あるとき、Napのレコーディングエンジニアの方とこんな話のやりとりがありました。すこし要約(かなりアバウトですが)しますと。
「ライブのPAでは、ミキサーバランスした音(スピーカー)と、ステージ上で響かせる生の歌声、楽器の音(この場合はアコギですが)がホール全体で合わさってどのように臨場感を生み出せるのかの技術が必要ですね。でも、レコーディングにおいては、いわばデジタル(0と1の組み合わせ)の二次元の世界だから、LRだけの二つの音にどのような広がりや奥行きをもたらせるか。そのための技術や経験が必要ということですから、ライブPAとレコーディングは、そもそもアプローチが違うものですね。」
と、だいぶ話をまとめましたが(苦笑)、だからこそ、プロのつくる音源とアマチュアのつくる音源の差は自ずと違ってくるのは当然でもあります。
でも、ひとつ言えることは、自分が好きな音というものは、追求すれば、それなりに完成度が当然に増してくるものです。コツコツと宅録をしてきた僕なんかは特にそう信じてやってきました。プロの音源と比べようもないな、と理解はしますが、自分だけの音という意味で、追求する楽しさはまた格別な喜びや満足感を得ることでもあります。
きっと曲作り、またはライブパフォーマンスにおいても同じことが言えますね。結局のところ、誰しもが、自分の音源、自分のパフォーマンスが一番気になるし、いわば一番興味があるのは自分である、というところに異論ないことでしょう。
どんな人間も、たくさんの人と映った写真や鏡の中で、まずは一番自分の姿形に目がいくように、誰しもが自分のことが一番わからないだけに、それを知るためのツールのような役割として表現活動もあるのかもしれません。
さて、相変わらず話はあちこちに飛びましたが、今回のブログの主題は、ライブのみならず、音源制作はひとつ上の次元にいくための近道ではないかという、ことを記したいがためのものでしたが、果たして伝わりましたでしょうか・・・(苦笑)。
でも、レコーディング(宅録含め)で経験する大小さまざまな壁は、その後の曲作りやライブパフォーマンスをさらに掘り下げる意味でも良い影響を与えることは確かです。経験のある方はすでにご承知とは存じますが。
あとはそうですね。まだレコーディングの経験のない方は、その未知のドアを開けらるかどうか。それにかかってきますが、その一歩踏み出す勇気を、まずは僕自身忘れずに活動を続けたいな、と思う今日この頃です。
今年もあと3ヶ月ほどになりました。また師走も迫る暮れになってから、あれやこれやと、やり残したことを数えることだけは、個人的になんとか避けたいものです(マジで)。
これからも皆さんとご一緒に、たくさんのアマチュアの自由な音楽を奏でる空間である「白楽Nap」で、音楽を通して、心通わせ、楽しめますようにと心より願います!!
2025年10月2日 白楽Nap代表 竹村龍彦
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